7年近く日記を書いていて、文体というものがどうしてこんなにも固定されているんだろうということをひしひしと感じる。
中にはこれまでの日記の文体というかテンションというか、そういうものを面白いと思ってくださっている方もいらっしゃるだろうし、それはありがたいことなんだけれども、じゃあこの文章は本当の僕を表しているんだろうか? と考えることがある。
答えはノーだと思っている。というか、わざとこういうテンションの、どちらかという自分の素顔をさらけださないような文体を使って、隠しながら表現しているんだと自己分析する。
そうやって7年間書き続けてきた(書いてない日もかなり多いけど)。
そうすると、狼少年じゃないけれど、いざというときに素の自分となって文章を書きたいとき、素の自分の文章が出てこなくなってしまうのだ。
これまでのような文体は嫌いじゃないけれど、もっと自由に自分を表現できるような文章をかける人間になりたい、と願って、今月はちょっとまじめ風な日記を書いてみたりします。
文字に埋もれたパーソナリティ、いまどこに。