「猫を抱いて象と泳ぐ」/小川洋子

12/26のブランチでも今年のお勧め作品に選ばれていたこの作品をちょうど読んでました。
そのときにも紹介されていたんだけど、どこかの国のあまり知られていない昔話を掘り起こしてきて、
そのまま伝えてくれているような、そんな不思議な感覚に包まれた。

口が塞がった状態で生まれてきた少年アリョーヒン。
ごくわずかな知り合い以外とは、チェスを通じて話をする。
チェスをすれば、その人がどんな人か分かる。口がふさがっていても何の不都合もなかったのだ。

そのことも含め、この作品には限られた空間、というキーワードがたくさん出てくる。
僕が解釈するとそれはそのままチェスのことを投影して、
限られた空間から生まれる美しさや、もうちょっと拡大解釈すればエネルギーのようなものを伝えたかったのかもしれない。

以下は数学好きだからこその曲解ですが、
前作「博士の愛した数式」というのは数学の美しさを誰もが感じられるような雰囲気であり、今作はそれをチェスに置き換えられる。
もちろんストーリーの展開は違うが、チェスの美しさを誰もが感じ取ることができる。

そもそも、チェスも数学も似ている。
どちらも、限られた世界での現象を考えるものという意味である。
その中で自由に羽ばたけるのは思考だけなのである。

数学やチェスといった無機質なものが、実は思考の先に有機的なものに変化する。
それがいかに美しいか、そのことを小川洋子という人はよく知る人、あるいはうまく伝える人なのだろう。

「フリーター、家を買う。」/有川浩

重い、重すぎる!
前半に身につまされる内容が続いて、ひたすら暗い展開。本当に有川作品かと思うほどだった。

仕事もしない、親とも顔を合わさない、自分の思い通りにならないとヤダ、という、
フリーターというよりはただのダメ人間が、成長していくサクセスストーリー、とでもいうのだろうか。
前半は読んでいて重いですが、後半になるにつれて成長すると読みやすくなります。
読後感はそれほど悪いものでもないかと。
 
後半にならないと恋愛沙汰になるような女性が出てこないのも特徴的。
テーマは恋愛じゃないから、まあちょっと異色な作品と思っておけばよいと思います。でもよかったです。
作品途中に出てくる工事現場の無骨でも親切な人たちのような人ばっかりだったらいいのにねえ、と思いますが。

「京大芸人」/菅広文

インテリ芸人宇治原さんのことを、相方である菅さんが書いた作品。
字が大きいので、読みきるのに1時間弱。なんだこりゃ。
 
書かれている内容は、高校生から芸人となるまでの間の二人の話。
とりあえずもともと賢い二人やから、なんで芸人の道を考えたのかということのほうが謎でしたし、
読んだあとでもやっぱり謎ですが。

宇治原さんの勉強の仕方は明確でよいと思います。
目的があって、それをやり遂げるために何をすべきか自己分析して、あとはそれを信じてやり通す。
当たり前のことをやったように書いていますが、それだけのことが凡人には難しいわけですけどね。

まあ、ロザンファンは一度読んでおけば? という程度の作品。

「宵山万華鏡」/森見登美彦

万華鏡とは言い得て妙。
同じものをいろいろな角度から見るということが、
京都が持つ不思議な空気を際立てる。

っていうか、京都は別に不思議な空気を持っているわけじゃないんだけど、
森見先生の手に掛かると不思議な街に見えてしまうからしょうがない。

「造花の蜜」/連城三紀彦

こうも複雑なストーリーになっていくとは思いもよらなかった。
 
はじめは単純な誘拐事件。
しかし、物語が進むにつれて徐々に明かされる裏の真実。
その辺りが非常に巧妙に描かれていて脱帽。

ミステリなので中身はなかなか書けないけれど、面白い作品です!

「煙突の上にハイヒール」/小川一水

初めて読む作者。ジャケ読みです。

近未来、今より科学技術が発達した世界で起こる、SFのようなライトノベルのような不思議な物語たち。
しかし科学技術が発達して面白い機械やロボットが登場する世界ですが、
決してロボットがすごいんだぞ、と押し付けるようなものではなくて、
むしろ、そんな世の中でも“人”が考えることはあまり変わってなくて、
ただただ恋愛とか他人の姿とか、そういうものが物語の中心です。
そこがとても心地よい。

どれもストーリーを書くとネタばれになりそうなので書きませんが、
すんなりと自分自身に入ってくるようなストーリーのものばかりで、
気張ることなく自然に読めました。

「ダブル・ジョーカー」/柳広司

「ジョーカー・ゲーム」の続編。
引き続き日本のスパイ機関に属する男たちの話。

短編で綴られる各国のスパイとの秘密裏の戦いは、
どれも裏の裏や、裏の裏の裏をかくような手段が用いられ、
読み終わるたびになるほどなあ、と思ったりする。

前回のもそうだったんだけど、短編集の割に、のめりこんで読めてしまう作品です。

「武士道エイティーン」/誉田哲也

ああ、2人の高校生活も終わってしまったか、という気持ちで読み始めたエイティーン。
しかし、読んだあとの感想は、「2人の道はこれから、まだまだ続くんだ」というポジティブな感想。

高校生活でいろいろなことを経験した2人だったけど、
芯の部分は変わらず、どんどん成長していっている。
やっぱり青春はいいなあ。

サイドストーリー的なものが含まれていて、
うち2つの恋の話は切なく、田原とのいさかいの部分はいろいろ考えさせられる。
守破離という言葉も勉強になりました。

とはいえ、本編が薄っぺらく感じてしまって、せっかくの3年生がもったいない気もちょっとしました。
サイドストーリーは別に短編集として出してもよいから、
エイティーンの2人をもっと読みたかったような気がします。

映画化も決定で、ぜひ見に行きたいです。

「恋文の技術」/森見登美彦

森見氏の作品の読み方を覚えてきたので、この作品も楽しく読めました。
ふとはじまった文通が、何人かの友人を巻き込んでいき、最後に全員がだまされる、という、
広くも狭くも感じられる、絶妙な妄想の世界観を表現していると思います。傑作です。